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2006.01.21

学部生のとき

通りすがりの者さん、ゼオルートさん、コメントありがとうございます。

精神力動的モデルというのは、フロイトのパーソナリティ構造に基づいたものですね。人間の内面および外的行動が、イド、自我、超自我の諸要素のもつエネルギーと、外部からの刺激との相互作用によって生じるとする理論です。

それに対して人間学派は、アドラーの個人心理学に端を発します。精神力動的モデルとの観点の違いは

①人間は要素に分割できない統一されたものである
②無意識を強調する考え方を否定し、意識そのものの重要性を主張
③「過去に規定されるパーソナリティ」という考えを嫌い、人間は未来に向かって向上しようとする存在であると主張した

というのを、私は見つけました。

ところで、ゼオルートさんが、「まずは自分で調べる努力を」というご意見をくださいました。それについて、意見を述べさせてください。


はじめに人からヒントをもらっても、自分でまず調べてからにしても、最終的は自分で調べて、知識を自分のものにして理解しなければレポートは書けないので、同じことだろうと思います。順序は関係ないと思いますよ。
「わからない! どうしよう!」と思ったとき、まず誰かに聞いてみるのは、悪いことではないと私は思います。

でも、教えてもらったことだけでレポートを書いちゃおうというのはいくらなんでも無理です。質問をくださった方も、そんな風に思われていたわけではないでしょう。勉強は、ヒントはいくらでももらっていいですが、最後は自分、それができる人がいい結果を出せるのだと思います。

しかし、学部生のみなさん(もし読んでいらっしゃったら!)、あなたたちの時間は勉強するためにあるのですから、いくらでも文献を調べて、勉強してくださいね!!
そもそもこのブログは、いろんな理由で勉強する時間が取りにくい人や、条件が整わない人が、助け合うためにやっているのでした。

私も学部生のときは、よく勉強しましたよ。ホント。
アルバイトも多少しましたが、なんだか時間がもったいなくて、英語を習うためにまとまったお金が必要だった(大学の授業料以外は親から一切金銭的援助を受けなかったので)一回生の夏以降は、減らしました。
今思えば、私の勉強好きは、大学受験の年から始まっていました。受験に必要ない科目の勉強(具体的には化学Ⅱ)を一生懸命やって、不思議がられました。でも、おもしろかったし、化学Ⅰは受験科目だったので、全然役に立たないわけではありませんでした。

学部のときは、夏休み前にテーマが発表されていた論述試験の準備のために、大学の図書館に毎日のように通ったことを覚えています。すごく好きな講義だったので、がんばりたくて。その結果、原稿用紙20枚分のレポートを書き上げました。
ところがそれは長すぎて、1時間の試験時間中に全部書き終わることができませんでした。途中まで書いて、あとはとばして、最後の結論部分を書いて終わりになりました。ちょっと悲しかったです。

レポートでも研究でも、いつもそれなりにまじめに、手を抜かずにやってきて、今の私があるなぁと思います。
学生のときの勉強は人生の貯金だと、つねづね感じます。だから、勉強する条件の整っている学部生さんや大学院生さんたちは、たくさんたくさん貯金してください。あとのあなたの人生をとても豊かにしてくれますよ。

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コメント

調べてから質問しようと、質問してから調べようと、勉強するのには変わりないと思います。もちろん、自らが調べることをすればその分、自分のためになるとは思います。
ただこのサイトに来て質問するということは、ある程度自分で調べても(考えても)分からないから来たのではないでしょうか?それを「学生なんだから」や「ここは時間のない人用」とかいう発言はおかしいと思います。そのような人には、学生でなくても、時間がなくても、勉強する気になれば、ここのサイトにお世話にならずに、独学ですればいいだけのことだと思います、と言いたいです。みんなで一緒に勉強しようという第一の目標を考えれば、大目に見てあげてもいいとおもいます。

投稿: 別にいいと思う派 | 2006.01.24 19:03

 はじめまして。ちょいちょいこのサイトを巡回して勉強させていただいています。

 「調べてから質問をするか」どうかというのは、単に質問の内容によるような気が私にはします。
 質問の内容や質問者の意図が明確なものなら回答しやすいですが、あまりにも漠然とした質問や、正しい答えが無く個人の考察を述べるというようなものに関しては、なかなか答えづらいですよね。

 今回の質問についても、自分の解釈を述べていいものであって、正しい答えはというのはないように思います。
 調べる必要があることといえば力動的理論と人間性理論の概観くらいで、あとは自分がこれを解釈していけばいいわけですから、「なんで自分で考えるべき問題なのに、問題をそのまま人に聞くんだろう」と思う方がいるのもうなづけます。

 ですからここは、もし他者の意見が聞きたい場合にはまず「自分はこう思う」ということを、難しくても頑張って少しだけでも書いて、それでもって「みなさんはどう思われますか」というふうに聞いたほうが、質問する方の意図もわかりやすいし答えやすかったかもしれませんね。

 私は去年まで学部生でしたが、当時を振り返ると、「考える力」が養われている人が少なかったように思います。自分で考察すべき課題でも、何か一つの正解がある数学の問題かのように問題を直接キーワードにして検索し、ヒットした他者の考察をそのままコピー&ペーストしてる人たちを数え切れないくらい見ました。
 これが現代の若者に特徴的なのか、はたまた私の学部に限られたことなのかはわからないですが、彼らを見てると、なんとなく大学受験の勉強法がそのまま続いているように感じられました。確かに私個人の過去をたどると、すぐに答えが与えられてしまって、あまり物事を考える教育は受けてこなかったなぁ…などとと思いながら。

 勉強疲れでしょうか、いっぱい書いてしまいました。ひさしぶりに用語説明ではない自分の文章を書いたのでスッキリしました(^_^.)うさばらし的な書き込みをお許しください。

投稿: 大学院受験生 | 2006.01.23 11:23

 アドレスは、私のブログで最も人気のあるものをリンクしました。

 このブログからリンクしてある「日本語を読むための漢字辞典」から上のブログも含め、7つのブログ・4つのホームページと掲示板がリンクしてあります。

 この掲示板ともうひとつのサイトの掲示板には、漢字の質問・回答で4,000件以上の書き込みがあります。

 質問者がアマチュアである限り、回答を拒否したことは一度もありません。

 プロの場合は、こんなことがわからなくては、恥ずかしいのじゃないのというコメント付で回答します。

 中に他の人が、こんなことは、自分で調べるようにといいますが、そういう判断は、私がするからと、たしなめるようにしています。

 どういう調べ方をするかは、本人次第でありますし、私が知っていることが、漢和辞典などにきちんとかかれていないことも多いということを知っているからでもあります。

 いくつものランキングでのライバルというよりは、強敵として尊敬する「ひろみ」さんへ、釈迦に説法とは思ったのですが、一言書いておきました。

投稿: jitenfeti | 2006.01.22 21:38

学部生は高いお金を支払って大学に通っているわけですから、ここで質問される前にやはりご自分で調べられるべきだと思います。
図書館も教員も使えます。
周囲の友人と語り合うこともできます。
また、インターネット上で検索すれば多くの情報を得られます。そこから自分に必要な情報を取捨選択する術も、学生のうちに身に付けておくべきことです。
「自分でヒントを見つけること」と、「自分でヒントを与えられる場所」を見つけることは同義ではありません。前者からは次なる問題への対処法を学べますが、後者はその場に留まり、情報収集に関するスキルを身に付ける機会を失する恐れが生じます。

学部生の方々に、ここをどのように位置づけるか。それをお決めになるのはひろみさんだと思います。出すぎたこととは思いますが、レポート関連の質問については、少しお考えいただきたいと思いコメントさせていただきました。


学部生のみなさん。高い授業料を払っているのですから、元はしっかり取って下さいね。

投稿: 秘書 | 2006.01.22 02:59

私的な見解ですがお答えします。

順序は関係なくとも過程は大事なことだと思います。
調べていく過程で学ぶことも多いですしね。

「まずは自分で調べ、考えること」が何故大切か?
それは、「何もない状態」で考えた時と「助言を貰った後の状態」で考えた時では考え方の視点が違うと思うからです。
どんな事でも「まずは自分がどう考えたか・どう思っているか」を知ることは大切だと思います。
間違えを正すにも、どこがどう違っていたかが分からなければ直しようがありませんからね。

他にも、自分で考える訓練にもなると思います。
私は、考える・調べる行為はスキルが必要だと考えています。
なので、そのスキルを向上させるのは繰り返しその行為をする事だと思っています。
簡単に言えば「慣れる」ということですかね。
考える機会を多く作ればそれだけ慣れも早い、だから出きるだけ考えられるときに考える。
いつもこんな感じに思っているので、
「まず始めに自分で調べ、考えた末に分からない場合はヒントを貰い、更に深く考える。」
と言ったのでしょう。

私はヒントを貰うことが悪いことだと言っているわけではありません。
ヒントで初めて分かる事も多いのは事実ですし、実際に私も助言を貰っている立場です。
しかし、ヒントを貰うことが当たり前だと思ってしまう人も必ず出てくるはずです。
そうならないためにも、まずは自分の力で調べ、考えてみるのはいかがでしょうか?


長文、及び拙い文で失礼。

投稿: ゼオルート | 2006.01.21 22:56

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