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2006.12.25

臨床心理士と…

祝合格! 人気ブログランキング

みなさん、ご報告ありがとうございます。

今年で受験資格が最後だった!というみなさん、本当に酷いです。どうして再チャレンジのチャンスがないのか…
いろんな状況がおありでしょうが、どうかご自分の道を見つけてください。

さて、みなさんの報告を読ませていただいて、改めて資格とは何なのかなぁと考えさせられています。

そしてこんなコメントもいただきました。

面接で、いくら臨床心理士になりたいんだ!という気持ちをアピールしても、それだけではだめで、結局は、「この人に、一人の病める人間を任せられるだけの力量・責任・判断力などがあるのか」といったことが問われるのだと思います。それは、勉強しただけでは補えないというか...。

有資格者でも「心理のおばちゃん・おじちゃん」と呼ばれる人はごろごろいます。そうならぬよう、研究と臨床をバランスよく行いながら、人の福祉に還元できるよう努めていきたいと思います。

私は2次試験に疑問を持っています(面接官による差が大きすぎないか、ほんとうに公平に行われているのかという点において)が、それを置くと、コメントに賛成です。そしていわゆる臨床家としての資質が、勉強だけでは補えないのは当たり前です。

ただ、いくら臨床経験を積んでも、勉強をしないと試験に受からない現状があるのではないか、とは思っています。

コメントに関してもう1つ興味深くて、自分のためにも考えたいことは、どうなったら「心理おばちゃん・おじちゃん」になってしまうか、です。なんとなくわかるのですが、みなさんのご意見(具体例)も聞きたいなぁと思いました。

私が思い当たる例は1つあります。でも、ここに書くことは少し憚られる内容です。そのときの自分の対応についても、よかったとは言えないので、すっきりしない気持ちを持ったままです。

すみません。

そんなことがあって、気にとまりました。みなさんのご意見をお聞かせください。

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臨床について」カテゴリの記事

コメント

ひろみさん、こんばんは。

臨床心理士の資格についてですが、ひろみさんは、

>ただ、いくら臨床経験を積んでも、勉強をしないと試験に受からない現状があるのではないか、とは思っています。

と書いておられました。これについて、ちょっと書かせてください。

確かにそういう一面もありますよね。
臨床経験、人柄といった面では申し分ないのに、受験資格、2次面接の基準が不明といったことで、チャンスが挫かれる人がいるのは腑に落ちないところではありますね。
色々な書き込みを読むと、受験資格の点でチャンスが限られていた方の中には、長年、積み重ねてきた苦労、豊富な臨床経験、実績がある方もいらっしゃるんだと思いましたし、そういった方の中に、残念な結果に肩を落としている人がいるなら、なおさらです。

でも、「勉強をしないと試験に受からない現状」という言葉には、正直、驚きました。
言葉のとり方の違いだったら、申し訳ないのですけど・・・

確かに臨床心理士は「臨床」という名前がついているのだから臨床経験があれば、受かる試験であってもいいのではないか、という考え方もできますが、
私は「勉強あってこその臨床なのでは?」と思っています。だから、少なくとも勉強はしないといけないのではないかと思うのですが・・・。
臨床から学ぶことはもちろん山盛りあるし、「その時、このケースでしか」学べないといった貴重さがありますが、勉強から学ぶことも沢山あるし、勉強からは「普遍性や共通性」を学ぶ貴重さがありますよね。
だからこそ、「臨床」をしていても、いちいち「勉強」をしないと解けないような問題もあるのではないかな、と思っています。

「臨床」と「勉強」、どちらも大切にするバランス感覚も臨床心理士には求められていると感じます。

ただ、それならば、試験問題とその回答が全て公開されていないこと、公開された試験問題の回答に解説がついていないこと、には不満と疑問があります。これでは、「勉強」することの大切な意味である「普遍性・共通性」が身につかない気がします・・・
そして、個々の「臨床」活動はどのように評価されているのでしょうか?面接の際、チェックリストのようなようなものはつけていらっしゃいましたが・・・それにしては、受験者によって随分、質問内容に幅があるなぁ、と思います。

投稿: はぐみ | 2006.12.27 23:06

自分の住んでる地域は、臨床心理士がもっとも少ないところだと思います。そのため、いろんな「心理の専門家らしき人」がいます。

例えば、解釈もできないのにWISC‐ⅢやK-ABCをとって「でこぼこしてますね。だから・・・です」とか言ってしまう人。→ちなみに能力検査だけでは軽度発達障害の診断はできません。
同じ理由で、解釈もできないのにバウムや風景構成法、コラージュなどをやって、素人解釈をする人。
ありえないことです。
カウンセリングブームや心理を学べる環境が普及するのはいいですが、乱用されている現状があり、とても危険なことだと思います。
専門家として、もっとも大切にしなくてはならないのは倫理コードかもしれないですね。

投稿: うどん | 2006.12.27 21:51

はじめまして。
現実的じゃないけど、、
ブラックジャック的な人がいれば
大いにひけらかしてほしいし、
資格があるからといって、
腕もないのにひけらかしてほしくはないと思います。
最低でも、ある程度の腕のある人を見抜ける資格試験であってほしいけど。

投稿: 部外者 | 2006.12.27 12:37

ご意見ありがとうございます。

すみません、言葉の意味に関して共通理解がないようですね。

私が言おうとした人はこんな人です。

学校の先生なのですが、内観療法の3つの問いの答えを、HRで生徒に書かせるのです。全員に。たまたまその先生のところでは問題は起こっていない(表面化していない?)ようですが、そのHRの内容が一人歩きして、誰でもが始めたら大変なことになると、ヒヤヒヤしながら発表を聞きました。

だから、安易に心理テストや、診断的な発言や解釈をする人というつもりでした。(心理学の知識をひけらかす人)

投稿: ひろみ | 2006.12.26 22:09

>有資格者でも「心理のおばちゃん・おじちゃん」と呼ばれる人はごろごろいます。そうならぬよう、

心理のおばちゃん・おじちゃん、と呼ばれることがそんなに悪いことでしょうか?心理のおばちゃん・おじちゃん、と呼ばれずに、どう呼ばれれば人の福祉に還元できるのでしょうか?

「先生」と呼ばれることでしょうか?
心理の「先生」が胸を張って歩いている姿こそ、私には滑稽にうつります。

私の妄想ですが、心理の専門家になることが、「人とは少し違う存在になる」という観念がみなさんの中にあるような気がしてなりません。
力さえあれば、「心理のおばちゃん・おじちゃん」と呼ばれてもいい仕事はできるわけですから。

後、心理臨床家としての資質が足りない、ということが、即人間性が無い、とかだめな人間という烙印、にはなりませんので、その辺もお見知りおきを。

投稿: you | 2006.12.26 21:33

心理のおばちゃん・おじちゃん…
私はまだ経験が少なくてよく分かりません。
ひとくちに「心理のおばちゃん」と言っても、専門家風を吹かせるより、さりげなく現場に溶け込める才能というのは大事ではないかと。
でも自分も「この人は臨床心理士なんだから…」という目で先生方を見てきたから、有資格者に期待されるものは大きいと思っています。
よく分かってないのにコメントしてすみません。

投稿: poo | 2006.12.26 18:33

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受信: 2006.12.26 11:24

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