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2006.12.09

いじめをなくす??

果報は寝て待て!? 人気ブログランキング

いじめについて、コメントが続きましたので、私の意見を述べさせていただきます。

発表前の心境のコメントも募集(?)しています。3週間過ぎました。早ければ来週には結果が届くかも!しれませんね。不安な気持ちはこちらに吐き出して、フィードバックしあいましょう。

まず私は、「いじめをなくさなければならない」という視点を持っていないと思いました。そこには、先に紹介した「凧のように」の文章と通じるものがあります。私の力では凧を揚げることはできないし、いじめをなくすこともできないからです。

私はいつも、自分にできることを考えています。それしかできません。

まず、自分はいじめをしない人間になることです。教師としても、個人としても、平等で公正な視点・態度で人と接するように心がけています。苦手な人、嫌いな人対策もいろいろ持っています。話せば長いですよ。

自分が関係する集団においては、いじめが起こらないように気をつけています。とは言え、どれだけできているのか…きっと生徒にすればわかっていない教師の1人でしょう。

ただ生徒にはいつも言っています。「他人を笑ったらあかんよ。自分を笑いなさい」
冗談をまじえたなごやかな会話の場面でも、それらしい発言があったら、必ず真顔で言います。

自分だけよければいいという考えでは決してありませんが、人は自分にできることを積み重ねていくしかないだろうと思います。

だから私は「いじめはなくならない」とも「いじめをなくさなければならない」とも言いません。言えません。きっと放っておくと雑草のようにはびこってくるものなのでしょう。どの集団にもその種があります。ひとりひとりの個人の中にもあります。
私にできることは、大きくならないうちにその芽を摘みながら、手入れを怠らないようにしていくことだけです。自分の心の中と、関わる集団の両方においてです。

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コメント

私は真剣であり、いじめを無くそうと思って、本物の魔法を皆が使えるよう、無料で公開しています。
しかし、何故か私の発言はすぐに削除されます。少なくとも、「いじめをなくすために使ってみて」下さい。
http://oriharu.net/jCircle_of_Witchcraft.htm

投稿: オリハル | 2014.08.24 03:40

はじめまして!

わたしも、『いじめをなくさなければならない』とは、はっきり言えないと思います。
確かに、そういう想いをもって日々過ごしていくことは大切だと思います。
でも、やっぱり私には、心のどこかに『いじめはなくならない』という想いがあるので、はっきり言うことが出来ないと思うのです。

まだまだ未熟者なので、あまり大したことが言えませんが・・・
そして、わたしも将来は心理学の道に進みたいと思っています!
少しでも、心理学のことを学びたいので、また遊びに来ますね!!!どうぞよろしくお願いします★

投稿: ぺん子 | 2006.12.12 18:43

mizuさん、コメントありがとうございます。

もしいじめをしている人がいれば、「いじめをしてはいけない」「許してはいけない」とはっきり言うことができます。でも、「なくさなければならない」と言うのを憚ってしまいます。どうしてでしょう。

1つは「○○すべき」とか「○○しなければならない」という物言いが苦手だからです。自分がしんどくなるからです。

逃げているわけではありません。mizuさんのご意見については、ゆっくり考えさせていただきます。

投稿: ひろみ | 2006.12.09 21:01

なぜ「いじめをなくさなければならない」と言えないのか、よくわかりません。

それは個人の力の小ささとは別の話だと思います。「なくさなければならない、でも私の力はそれにはまだ及ばない」と思うところに、本当の謙虚さが出てくるのではないでしょうか。どこまでも「いじめをなくす」というラインで考えるから、良い知恵も浮かぶのではないですか?

それに実際ひろみさんも行動として無くす方向にきちんと動いておられるのではないですか?(外に向かってはいえない、というだけで、自分の中ではいじめはなくさないといけない、と思っている、というのなら、わかります。そうであれば申し訳ありません。)

あるいは、その「いじめをなくす」という方向に、ブッシュ政権のテロ対策のようなイメージをもっておられるのかもしれませんね。これは米国の中東における不当な権益を隠したり(よく知りませんが多分)、いかにもきれいに民主主義と言いつつ、何が善かを身勝手に判断し独裁的になっているところがおかしいわけです。

そんなふうになるのでなく、もっときちんと論理的に(恣意的にとか個人の美意識を基準にでなく)考えつくしつついじめは無くす方向にもっていく、できればゼロに、というのが望ましいと思うのですが、それはまずいのでしょうか?

何が根本の問題か、どう解決するか、の考えの問題であり、「いじめはやはりなくさねばならない」という理念には問題は無いと思うのですが・・・

理想だけでもきちんと「なくす」という方向を示しださないと(クラスで学生たちに直接言うかは別として、社会にまた自分自身に)、ある程度いじめが残っていてもいいんだ、とか、変にそういう哲学が出てきて、いじめられ続ける子が残ると思います。

投稿: mizu | 2006.12.09 16:04

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