« 2次試験を振り返って-指定大学院以外、他職種からの受験 | トップページ | 今、教室で起こっていること-お返事 »

2006.12.01

今、教室で起こっていること

果報は寝て待て!? 人気ブログランキング

面接に関するコメントありがとうございます。
しかし…なんのための面接なのか、ますますわからなくなります。

いじめ関連では、以下のコメントをいただきました。

それなのに、学校では相変わらずひとつの教室に子どもをつめこんで同じことをさせようとする。 それでは、ひずみが出るのは当たり前のように感じてしまいます。 もちろん学校もいろいろと変わろうとしているのだと思いますが・・・


普通に考えれば、教室のようなプライバシーも何もない場所で、他人と机を合わせて集団活動しろっていうのは、なかなか大変なことだと思うんです。

私は「こんな風に感じている人がいるのか!」と驚き、とてもショックを受けました。

私は、このブログでも、自己開示をしていこうと思い始めています。来年からと思っていましたが、ぼちぼち始めます。

私は高校の教諭で、今年は3年生の担任をしています。そして、HRでは生徒に結構熱く「偶然集まっただけだけれど、高校時代という、人生で最も大切な一時期を過ごす仲間なんだから」と語っています。こんな考えは幻想で、私はただのうっとおしいだけの教師かもしれません。

5年ぶりの担任で、自分ではひそか「自尊感情を育てるクラス作り」「互いに相手を思い合える集団作り」を目標に、自分なりの取り組みを重ねてきました。明日もちょっとしたワークショップをしようと計画しているのですが…

まとまりませんが、クラスとは、教室とは、どういう場所なのでしょうか。教えていただけたら、うれしいです。

|

« 2次試験を振り返って-指定大学院以外、他職種からの受験 | トップページ | 今、教室で起こっていること-お返事 »

臨床について」カテゴリの記事

コメント

乱入します。駒之進,障害児教育スペシャルティーチャーです。通常学級はいわゆる崩壊学級の建て直しに一年契約で入るくらいなので,偉そうなことは言えませんが,明治時代に学制ができた頃の文書を読むと,一学級25人以上になるとまともに教育できない旨書いてあります。
教育再生??会議ではその場の思い付きみたいなことが,平気で語られているようですが,30人学級にするだけでクラスの風通しもかなり改善し,今ある問題もかなり楽になるように思います。
学級数が増えれば教員もいろんな人がいるだろうし,相性の問題も少しは良くなるだろうし,しんどかったらトンズラこき易くなるやろし,まあ,ましになるやろと思います。

投稿: 駒之進 | 2006.12.03 16:32

広い海には自由もあれば敵もいっぱい。
食うか食われるか…。
まさに弱肉強食の世界です。

狭いながらも安全な水槽の中でつつきまわされて弱っていくのとどちらがいいのでしょうね…?

魚たち同様、私たちも、どちらがいいともいえない、与えられた環境の中で精一杯生きるしかないのかな…とつくづく思います。


私も一昔前は海にいたような気がするんですが、いつのまにか水槽になじんでしまいました…。

…少々酸欠ぎみです。水替えて!(笑)


投稿: ぷりんママ | 2006.12.03 02:56

こんばんは。ハンドルネーム「ぷりん」は私だけではないようですね(もしかしてお宅の犬も「プリン」ですか?)。
12月1日の「ぷりん」さんのコメントは、「3日目面接」と「いじめ」についてコメントした私とは別の方のものです。
間違えやすいので私の方は「ぷりんママ」に改めたいと思います。

私は毎日午前中を教室に入れない子たちと一緒にすごし、午後はほかの生徒や保護者との面談、教育センターとの連携、先生との打ち合わせ、研修等で過ごしています。

心理学をかじった者として何ができるのか、いろいろと考えるところはありますが、私はやはり学校のもつ力、そこに関わる人たちの力を信じたいです。

「社会性がなくても社会人している人」…。職場で周囲に迷惑をかけない程度に働き、税金を納め、自分も消費者として生活していれば、立派に社会人ではないかと思います。

ただ、自分の子どもを社会に適応するように育てるというのも社会人の役割と考えると、それにはやはり学校のような集団生活の場での練習が必要かと思います。

12月1日の「ぷりん」さん同様、私の場合も、「クラスがいや」という子や「この学校がいや」「先生がいや」という子にたくさん会います。

たしかに人間同士の相性や出会う時期によっては「どいつもこいつも気に入らない、合わない」というのはあるかと思いますが、クラスや学校という単位がストレスというより、そういう気持ちに囚われている子は結局どこにいっても誰といても、ストレスを感じることになってしまいます。

私も学生時代につかの間の外国での学校生活を経験し、そこで初めて日本の学校の窮屈さに気づき、ショックを受けたことがあります。日本の社会や学校がたまらなく嫌な時期がありました。

しかしながら、自由で縛りがなければいいかというと、それは逆につまらないようにも思いますし、「自由」には「責任」もついてきます。

自分で良かれと思っていたことを非難されると、そのときは傷つきもしますが、別の考え方を知ることで、後々はより大きな枠で考えられるようになります。
(「同化」と「調節」のようなイメージでしょうか。)

学校というのは、自分と違う好みや考え方を持つ人の意見と出会い、それをどう自分の中で折り合いをつけていくかを学ぶ場所かと思っています。

実際、教室に入れない子たちと一緒に給食を食べていると、実に好き嫌いが多いです。
中には、他人と一緒のときは一切飲み食いできない子もいます。

家庭では好きなものだけ、好きなように食べられるので、体格的に劣ることはありませんが、どうも、食生活の好みとこころの在りようは深く関係しているように思われます(たとえば、不安が強い失調症の女子、対人恐怖症の女子2名、みなさん貝類が食べられないなど、栄養学的にも何か因果関係が?)。

食事の好み同様、硬くて強すぎる自我を、自分や周囲が傷つかない程度に柔らかくできると、もう少し生きるのがラクになるかなぁと思います。

そういう個人の気持ちに対して、うまく対処してくれる大人の存在はなかなかに大きいのではないかと思います。

私はいくつかの学校を掛け持ちしていますが、「給食用にふりかけ持参OK」の学校は、「アレルギーでも特別扱いはできないので弁当持参はNG、ふりかけも授業には関係ないものなのでNG」というような学校に比べ、不登校になっても教室へ戻れる子が多いように思います。

教師兼業の臨床心理士については批判的なこともいわれているようですが、私は大いに賛成です。
ひろみさんのカミングアウト(?)、心強く感じました。
ぜひ、「ふりかけOK」の学校にしてください!(笑)
(高校はもともとOKですね…。)

投稿: ぷりんママ | 2006.12.03 01:27

SCのわたしのところに相談に来る学生はほとんどクラス内の居心地の悪さが原因です。

むかしのいじめっこと同じクラスで、その子が近くにいるだけで昔のつらい日々を思い出してしんどくなる・・とか、まじめに頑張りたいのに授業妨害で困っている・・とか、「うざい」「死ね」などが口癖のクラスメイトがいて一日中これを聞くことでストレスがたまるとか・・。

今日の朝日新聞のいじめ特集のコラムにサカナくんのコメントが載っていました。
これは魚の世界の話だそうです。魚の世界でも、広い海ではいじめはないのに、狭い水槽に入れると必ず1匹をターゲットにしていじめがはじまるとありました。
可哀想に思っていじめられた魚を別の水槽に移すと、今度はまた別の魚がいじめのターゲットになるそうです。

狭い教室に詰め込まれて一日一緒に過ごさなければならない子供達のストレスは、この水槽の中の魚の世界と重なります。

学校運営上、クラスというものをを解体できない日本の教育システムがあるならば、どうぞひろみさんのような担任のお立場にある先生が、こどもたちの世界が弱肉強食にならないように配慮してあげてくださいね。

こどもたちは狭い水槽のなかで日々頑張っています。

投稿: ぷりん | 2006.12.02 23:31

わたしにとってクラスって結構厄介なものでした。例えば文化祭などでクラスで出し物をして,無事に日程を終えた時の皆の団結感…!みたいなものも胡散臭いと思っていました。
クラスは一部の人たちには心地よい場所かもしれないけれど,担任の先生が「クラスで一つのものをやりましょう」といっても,それはその時だけのもので,ほとんどの児童・生徒はちゃんと空気を読んで,「集団で何かする時用の顔」をしていると思っていました。それが社会に出るための勉強,というならそうかもしれません。
ちょっとネガティブな書き込みで申し訳ありません。

投稿: poo | 2006.12.02 17:40

私は学校は社会に出るために訓練の場と考えてスクカンをしております。学校でうまく行くから社会でうまくいく、学校で失敗したから社会でも失敗するとまでは言いませんが、学校でもつまづきには意味があると考えて関わっています。クラスや教室というハード面の問題ではなく、人と人とのつながりや関係の問題だと思います。大人はお金をもち、子どもよりも逃げ場があります。そして、子どもたちのことを考えいるなんてきれいごとを言って、自分のことしか考えておらず、子どもたちに向き合っていなし、伝えるべきことを伝えもせず、責任転嫁しているように感じてしまいます。

投稿: tomy | 2006.12.02 07:32

ぷりんさん、コメントありがとうございます。

教室に入れない子ども、全く知らない関係ではないけれど、親しくはない、中途半端な人間関係が苦手な子どものことは私も知っています。

でも、だから学級において集団作りはしなくてもいい、ということのはならないですね。

ただ、学級王国を作って、自己満足する教師にはならないように心します。

投稿: ひろみ | 2006.12.02 00:36

わざわざ集団で勉強する意義がわかりませんでした。なぜ一斉授業なのか、なぜこのメンバーで1年間一緒にいなければならないのか。これは小学校時代からずっと疑問でした。

教室は教師が思うよりずっとストレスのたまる空間です。特に過剰適応をしてしまう生徒とか人馴れしていない生徒にとっては。あの狭い劣悪な環境に40人は多いです。

学校が苦痛だと思ったことのない人には理解できないかもしれませんが、一日のほとんどを周りの目を気にしたり気を遣ったりして過ごす日本の学校システムは強烈なストレスです。

よその国でも一斉授業じゃないかと言われますが、ずいぶん少人数ですし、クラス単位の縛りは数段ゆるいです。日本の学校はクラス内に居場所がないと、そこに存在することすら難しくなります。特に女子は。

学校の先生になるひとは「学校が好きだった」という青年時代だった人が多いようですが、クラス単位とか一斉授業の形態そのものがつらいという人もたくさんいる現実もあります。

学校は社会性を育てる場所・・・とかいいますが、社会性はなくてもそれなりにちゃんと社会人できているひとは多いですよ。むしろ働き始めてからのほうが人間関係がドライで楽なようです。

クラスがいや・・という生徒はたくさん面接にやってきますよ。やはりクラスという単位が彼らにはかなりストレスなのではないですか?

投稿: ぷりん | 2006.12.01 22:55

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 今、教室で起こっていること:

« 2次試験を振り返って-指定大学院以外、他職種からの受験 | トップページ | 今、教室で起こっていること-お返事 »