面接対策(基本)
合格祈願! 人気ブログランキング
↑ ↑ ↑
応援の1日1クリックよろしくお願いします。
今、いろいろと思うところはあるのですが…順番に整理してみます。まずは面接対策関係です。
面接対策についてのご質問を拝見して、「え?」とか「今の若い人は…」とかちょっと感じている自分がいます。(ごめんなさい)
どう答えたらいいんだろう? は以前からありました。
認定協会の求める答えは? どんな人はおとされる?
んんんん…
「マニュアル本」を書いている者としては矛盾するようですが、マニュアルはないと思います。それだけを求めると、準備できていない質問には頭真っ白になります。知識や経験だけでなく、反応が見られているはずです。
いろんな場面で冷静に柔軟に対応できる態度、尊大ではないけれどマイナス面を出さない高い自尊感情を持っていることが基本だと思います。
具体的に「イニシャルケース」や「オリエンテーション」を尋ねられたときにどう答えていいか質問をいただきました。どちらの場合も言葉の意味はご存じです。
私は思っています。認定教会が仮に「あるべき受験生像」または「あるべき臨床心理士像」を持っていたとしても、それに完璧に当てはまる受験生がどのくらいいるでしょうか。皆無とは言いませんが、少ないでしょう。またそのような人たちだけが合格する訳でもありません。
だからあるべき姿を追わないで、今のご自身から出発してください。
「イニシャルケース」や「オリエンテーション」の定義に当てはまるものが、自分にないように感じられたら、自分で定義してください。
「今はこういう(具体的に)臨床現場でこんな(具体的に)経験しか持っておりませんが、私はこれ(具体的に)がイニシャルケース(または自分のオリエンテーション)だと考えています」と自信を持って言いましょう。つっこまれても、経験の多い少ないは受験生の責任ではないので、そこで自尊感情は下げないで! 理由(ケースまたはオリエンテーションと見なせる理由やそこから学んだことや大切に考えていること)がきちんと説明できればいいのです。
なにをどんな風には、ご自分でよく考えてください!!
「どんな人はおとす?」には、正直ちょっと退きました。(ごめんなさい)
これはしない、あれはしてはだめ、という引き算は私は好まないのです。自分にはこれがある、こんなことができる、足し算ではどうしてだめなのでしょうか。正直な自分を見てもらって大丈夫と思える、いい意味での自信を持つことが、私は面接の基本だと考えています。
| 固定リンク
「2次試験」カテゴリの記事
- 2018年度 2次試験(2018.11.23)
- 2016年2次試験(2016.11.12)
- 面接練習(11月11日)(2016.11.04)
- 2次試験報告(2015.11.23)
- 2次試験(2015年)(2015.10.29)
「H21年受験」カテゴリの記事
- 勉強方法など(2009.12.23)
- 結果が届き始めました(2009.12.21)
- 2次試験(1日目)(2009.11.28)
- 面接対策(基本)(2009.11.18)
- ブログ内検索をご利用ください(2009.11.17)
コメント
ひろみの勉強部屋のお陰で2度目の今年、なんとか1次を通過できました。ありがとうございます。
2次対策、11月6日(土)の面接練習に是非参加させてください。よろしくお願いします。
投稿: とんちゃん | 2011.10.31 19:19
残念ながら面接試験に落ちた者です。一次試験には何度も受かるのですが、どうしても2次試験で不合格になってしまいます。最初は自分の力不足だと考えて、研修会に出かけたり、事例研究会にせっせと通ったりしていましたが、何度も落ちるうちに、1次、2次の試験以外に合否に働く要素があるように考えるようになりました。ちなみに、院生時代、教授とトラブルがありました。さらに、臨床心理士学会が嫌うとされる教員出身です。しかし、けっしてアスペルガー等のコミニュケーションの苦手な人間ではありません。大学から受験者名簿を出されるときに、何かペナルテイが書かれているのでしょうか。それとも、臨床学会の県段階で会議があり、最終合否をするようなシステムでもあるのでしょうか。完全に臨床の世界から追放されたような惨めな気持ちです。こちらの情報をお持ちの方はおみみえにならないでしょうか。噂でも結構です。教えていただけたら幸いです。
投稿: みさ | 2010.12.27 11:41
クローバーさん、海さん、コメントありがとうございます。
二人のような「気概」を見せていただくて、失礼しました。面接でも、今のような正直さで面接官と向かい合ってください。応援しています!
投稿: ひろみ | 2009.11.26 19:02
このサイトは院時代より伝え聞いており、実際に一次試験の勉強でも有効に利用させていただいた者です。海と申します。
若い人は…で括ってしまうと見えない部分もあるのではないかと思ってのコメントです。
私は「ん?」と思うコメントの背後にこんな意味合いがあったらと想像(妄想?)してみました。
「あれもやった、これもやった…。私が思いつくことは全部やったのに!周りはみんな受かっていく。誰に聞いていいかもわからない。ねぇ誰か、もういっそ具体的に教えてよっ!」
「よし面接対策は十分にやった。自分自身のことも振り返った。あとやるとするなら、口が滑っても言ってはいけないキーワードはないかといった潰しの部分だ」
努力のできない人間は臨床心理士に向いていないと私は思っております。人として前向きな人間が魅力的であるとも思います。
インターネットという非言語が少なく、語る言葉も決して多くはないコミュニケーション法では表面的な部分で受け取りやすいということもあるでしょう。
それでも最後まで諦めず、典型パターンにはめず、個別なコメントとして見ていく姿が臨床家にも通ずるのではと。
ひろみさんの「退いてしまった部分」それを正直に語ってくださり、且つそれでも丁寧にこうして新しい記事を書いてくださる姿勢には上記が見えやはりすばらしい方だなと思う反面、「若い人」という括りとご自身の記事を「勝手なこと」とおっしゃり「かかってこい」と冷静さを欠く議論を呼び込んでしまいそうな発言は少し残念だなと感じてしまいました。
年配の皆様は臨床家として若いクライエントを前にして、「最近の若い奴は…」と思うことはあってもその奥を見出そうと努力されていらっしゃるかと思います。資格試験合格を目指し焦っている受験生、不合格という通知を前に落ち込んでいる受験生。「辛さ」を抱える人間として、また同じ道を志す専門家同士として、「叱咤」と「激励」半々を今後も後輩に示していただければと思っております。
25歳のコメントでした。
投稿: 海 | 2009.11.25 22:51
一次が終わってこのサイトを知りました。
ちょっと若めの人です。
確かにマニュアルに囚われてしまったり、落ちたくないからこそ、色々事前に対策しようとしてしまうところがあるんだろうなあと思います。
皆、落ちたくない気持ちから生じることなのかなと。
私も落ちたくないです。なので、できる限り準備をしたいと思います。
ただ、それが極端になりすぎたり、言葉が足りなかったり、言いたい意味ではない部分がとても気になる表現だったりするのかなと思いました。
ひろみさんの苦言。きっと、大切なことに気付いてほしいからのことだろうなあ、と思います。
コメントされた方もずっしり、「ああ、まずかったなあ」と思われているんじゃないでしょうか。
ひろみさんが伝えたかったこと。私にはズシンと来ました。
きっと、伝わっている人には伝わっていると思います。
かかってきてください、と言われると、何だか心配になってドキドキしてしまいます・・・
大切なことは、事前の準備をきちんとしたうえで、自分自身が感じること・伝えたいことを一生懸命伝えることなのかなと思います
精神論っぽいですが、結局、自分は自分なので、等身大の自分でぶつかっていくしかないと思ってます。
皆さん、二次頑張りましょう。
ひろみさん、見守っててください。
お手紙風になってしまいましたが、ちょっと冷静になって欲しい気持ちからコメントしました
投稿: クローバー | 2009.11.25 19:03
咲くらばさん、コメントありがとうございます。
私も失礼ですが、咲くらばさんが、「若い人」でないのがとても残念です。私のようなおばさんに勝手なこと言われて、そんなことないわよ!と反論してくださる「今の若い人」をお待ちしています! かかってきてください。
投稿: ひろみ | 2009.11.24 00:59
私は若くはないですが、
ひろみさんの『若い人は…』はどうでしょうか(苦笑
確かに私も『具体的に教えて下さい』には、正直驚きました。
合格者の回答が曖昧で簡単に見えても、
その中には明確にポイントがおさえてあるものだと思います。
そのツボを教えてもらわないとわからないようでは、現場では厳しいのではないでしょうか。
初コメで苦言、失礼かと思いましたがどうしても気になりました。
投稿: 咲くらば | 2009.11.23 17:40
今年初めて二次を受ける者です。
みなさんの書き込みを読んでいると、つくづく言葉って難しいなあと感じます。
みんな(自分も含めて)一生懸命だからこそどんどん深みにはまるんですよね。
私も院試やこの試験を通して、なんでこの人がだめであの人はよかったのかとか思ったことはあります。でもそれは単にその試験管がその人をいいと思っただけのことだと思うようにしています。
それから、すべてひっくるめて「アバウト」がよいと感じるのも同感ですが、本当はアバウトではいけなくて、自分がどれだけのことを知らないのかをはっきり言える具体性と勇気は必要だと思っています。
投稿: 3年目の正直 | 2009.11.20 10:41
ここで議論されている『オリエンテーション』の概念とはなんですか?
大学院で『オリエンテーション』について話し合ったことがありませんし自分が考えているいわゆるオリエンテーションとは意味が違うように感じましたのでよろしければ教えて下さい。
よろしくお願い致します。
投稿: まゆ | 2009.11.19 10:35
恐らく退かれた者です(笑)
少しディスコミュニケーションが起こったかなぁというのが正直なところですが
「どんな人を落とす?」に対して「退く」「足し算ではだめなのか」
という回答こそ望んでいた回答の1つだと思います。
僕も「あるべき受験生像」や「あるべき臨床家像」などを求めているわけではありませんでした。また模範解答のようなものも求めてはいませんでした。
そもそも,面接というコミュニケーションに模範解答があるはずがありません。
しかし,まさにここで起こったように,考えすぎる故に,落とし穴にはまる可能性が考えられたことが質問の意図としてありました。
考えすぎる理由として,今まで,なんで「なぜこの人が受かるのだろう?落ちるのだろう?」ということは,院試の時点から疑問に思っていました。
また,合格者の方の話しを聞くと,逆に「これくらい曖昧,もしくは簡単に(肩の力を抜いて)答えても大丈夫なのか」と思ったこともあります。
自分自身の院試を思い返しても,厳密に考えていたらキリがないので,面接では,ある程度アバウトさを残しながら答えた記憶があります。
なので,明らかなNGワードはあるはずです。例えば志望動機が「特定の理論を広めたい」とか「○○障害について研究したいから」など(実際に臨試であった話しだそうです)。
経験(ロテを何ケース取ったとか,何回個人面接したかとか)などに関しても,院卒ではどう足掻いてもクリニック勤務で2桁がいいところで,今更増やすことはできません。
それは試験官も分かっているところでしょうが,そこを突っ込まれても,今後の課題として勉強するとしか答えられないと思います。
しかし,それしか恐らくないであろうが,それ以上の回答や視点を見落としてはないだろうか?
また,考えすぎる(考えなさ過ぎる)が故に,本来の反応ではおおよそ触れないであろうが,考えすぎる(考えなさ過ぎる)が故に触れてしまうNGゾーンがある種,普遍的にあるのではないか?
そのような思索の上ご質問させて頂きました。
お返事を書いていて少しずつまとまってきましたが,厳密すぎずに,ある程度アバウトに,でもしっかりと足し算をして答えられるように,もう一度整理してみたいと思います。
投稿: Hide | 2009.11.19 01:41
そうですね。
私は、面接対策をするうちに、協会の求める答えなどについて考えてしまい、それにしばられていました。
自分にできること、やってきたことをきちんと説明できるように、変なところで自尊心を落とさず、胸をはって答えられるようにもう一度準備をしたいと思います。
投稿: ふーこ | 2009.11.18 22:40